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ぶつかる家族・考察

ちょっと前に書いた、ぶつかる家族のドラマ
ブラザーズ&シスターズ

ぶつかる家族のシステムについて考えた。
いったい何がちがうんだ?

ブラザーズ&シスターズのウォーカー家は、
5人の姉妹兄弟とその家族と、
母と、伯父と、亡くなった父とその愛人と、
愛人の子どもと・・・と、複雑なファミリーからなる。

はじまりは、突然の父親の死。

その死によって、それまで見て見ぬふりをしていた関係から、
ぶつかる家族へと変化する。


たとえば過去の、母親の言動ひとつが、
子どもにとっては大きな心の傷になっていたりする。

母親は、良かれと思ってしたことだったり、
子どもがどう思うかなんて、考えてもみない。

ひとつの衝突が原因で、
子どもは「あのときはショックだった」と打ち明ける。

ひとつの衝突が、扉をあける。
そして、そこから膿みが噴出する。

相手に対する不満をぶつけることで、
自分の中の膿みを吐き出すわけだ。


ここで、ふつうの人間関係だったら、
ほとんどが、壊れてしまう。

膿みをぶつけられた人は、
その膿みの原因が、少なからず自分にあるなんて考えず、

「あの人が、あんな風に思ってたなんて信じられない!」

と、逆ギレル。

普通に接しようと思っても、
あの人は、あんな風に思ってるかもしれない、
あんな風に思うかもしれない、と疑念を抱くようになる。

信頼関係が失われるわけだ。


でも、
団結し、助け合い、求め合う家族はちがう。

噴き出した膿みも、ぜんぶまとめて受け入れる。

子どもの膿みは、母親の膿み。

それがわかっているから、
膿みを吐き出した子どもも、後悔の念をもつ。


ぶつかって
 ↓
あやまって
 ↓
さらに絆が深くなる   という公式が成り立つ。


家族は、家。
大切なのは、土台、基礎部分。

この土台が何かというと、
やっぱり「愛されている」、という実感なのかな。

ぶつかることがあっても、
「でも自分は愛されている」という土台があれば、受け入れられる。


だから親はしっかりと
子どもを愛しているとアピールしなくちゃいけない。

しっかり伝えなきゃいけない。

愛してるよ、大切だよ、
親は、繰り返し伝えなきゃいけない。

ことばがムリなら、行動で、態度で伝えなきゃいけない。
子どもにしっかりと笑いかけて、抱きしめて。


繰り返し伝えることで、子どものなかに土台ができる。
基礎は、ますます強く固められる。


おまけに、
「愛されてる」は、連鎖する。

愛されて育った子どもは、
その子どもにもしっかり伝えるだろうし、

愛されていると実感せずに育てば、
自らを振り返って考えない限り、その伝え方がわからない。


土台のない、
ぐらぐらな家がどれだけ多いことか。


子どものころの愛されない記憶は、
オトナになってからも、不安の種になる。
いつまでも発芽しない種だから、不安は除かれない。

愛してる、って、恋愛感情の面だけしか知らない。

土台のない母親もまた、
子どもの膿みを受け止められないし、
土台のない姉妹兄弟は、お互いの膿みも拒絶する。


なんだか、日本の社会、そのものを見てるみたいだ。

・・・ と、長々と考えてみましたが、

そもそも感情的になるのって、
じぶんをコントロールできなくなるから、怖いよね。

感情的になる = 敗北感    みたいな。

ぶつける相手さえ間違えなければ、
感情的になることも、必要悪、なのかな。

あと、やっぱり母親はイライラしちゃいけないよね。
それが最も重要なことだと、実感。

いいわけしない、拒絶しない。
そういうのは、オトナ同士ですることだ。

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