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八日目の蝉

Youkame

原作は読んでないし、テレビ版も見てないけど、
おおよそのあらすじは知っている、やっかいな作品。

話題作だから見ておこう、と、腹をくくったものの、
苦手な母性モノ。


でも、おかげで、
親と子のシステムがわかった。

親が子どもにしなくちゃならないこと。
子どもが親から受けなくちゃいけないこと。

それが欠けると、
子は親になれないのだ。


 

最近の邦画って、
とことんダメなオトコだらけだよね。

今回もダメなオトコ。

本妻も愛人も、気づいてないのか?
いや、気づいてるんだけど、執着してるのかな。

どっちも依存だ。


本妻が愛人にしたことも、愛人が誘拐したことも、
どっちも心神喪失。

誘拐の理由が、わきでた母性だとするのは、
ちょっと待って、と、思ってしまう。

何も守ってない。

依存して、執着して、自分を守ってるだけだ。


そもそも、子どもが欲しかったのだって、
ダメオトコをつなぎとめたかったからじゃないのかなー。

子どものことをいちばんに考えた結果じゃないような。

本妻は、子どもを失った時間のなかで、
かわいそうな自分をつくりあげてる。

帰ってきた子どもに好かれたいとする姿は、痛々しいけど、
それって自分のためだよね。

子どものためじゃない。

けっきょくみんな、
親になったって、自分のことばっかりだ。


愛人に育てられた時間は、
子どもからみれば、愛を感じていたと思うけど、

犯罪行為だったわけだから、
社会と本妻に、全否定される。

ここで、子どもにとって必要な、
愛された、大切にされた記憶が失われちゃったわけだ。


子どもにとっていちばん必要なのは、

愛された記憶。
大切にされた記憶。

具体的なモノゴトがインプットされなくてもいいんだと思う。
深層心理のどこかに残っていれば。


この映画は、
その深層心理を表にだすための旅なわけで。

じぶんが愛された記憶を呼び起こすことで、
これから生まれる子どもを愛せるようになるのです。


たとえば一般的に、
親による子どもの虐待が連鎖するのは、

愛された記憶、
大切にされた記憶の欠落が原因してるんだろうし、

子どもをどうやって愛したらいいのかわからない、っていう親も、
やっぱり同じ理由なんだろう。


やっぱりね、子どもにはさ、
大切だよ、大好きだよって伝えなきゃダメだね。

しっかり抱きしめて、
実感として、体にしみこませなきゃダメなのよ。
 
 
 
赤ちゃん、
じっくりみちゃって、ちょっと失敗だった。

帰ってきてから、ずっしりじめじめ気持ちが思いのは、
自分の育児の記憶が重なるからだ。

しあわせな記憶とだけ、リンクするわけじゃないからなー。
っていうか、しあわせな記憶はどっかいっちゃってるし。

おまけに、現状ともめちゃめちゃリンクしてて驚いた。

現実として、
あたしはまだ、新生児の育児を続けてる。

やってることが、あの頃とたいして変わってないぢゃん。

泣き声が、叫び声に変わったぐらいで。


んで、この先も一生なんだよね。

70歳になっても、80歳になっても、
放棄してない限り、同じことをしてそうだ。


ただ、

大切だよ、大好きだよって
しっかり抱きしめて、

実感として、体にしみこませ続けるよ。

次の子へと受け継がれることがなくてもね。

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