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Reframe

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これも横浜美術館。

トリエンナーレで展示中の
アイ・ウェイウェイ作品、Reframe。

救命ボートを窓枠に見立てているそうだ。

新しい世界、新しい考え方への移行は、
命を助けることから。


今日は8月最後の日。

ちゃむさんはもう夏休みが終わってるけど、
多くの子どもが明日から新学期で、

9月1日は、十代の自殺が最も多い日らしい。


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想像しているよりも、
たくさんの救命ボートが必要かもしれない。


学校が嫌なら図書館へおいでよ、とか、
NHKの朝イチとか、Eテレの特集とか、

必要なコの、
必要な親の、目に入っているだろうか。

もしも追い詰められていたら、
当事者には届かないかもしれない。

もしその日が明日なら、
もう時間がない。


あたしも十代のころ、
死にたい子どもだった。

ただ、

死にたいと、本当に死ぬことは、
続きのようで続いてない。

学校に行きたくない、
とかじゃなかったんだけど、

袋小路に入った気分、
行き場のない気分、思い出してしまった。


そうさせる原因は、視野の狭さだ。

学校に行く、
行かないだけじゃなく、

未来のこうあるべき姿、
こうなりたい姿、なる姿のバリエーションを知らない。


学校って、大人になってから思い返すと、
かなりクレイジーな場所だった。

あの場所だけが居場所として与えられているなんて、
せっかくの十代、もったいない。

それでも、それしか知らないし、
そこへ行くべきだと親は思うから、そうなる。

親の理想が、安易なほうへ向きがちだからね。


学ぶことは必要だし、
素晴らしいことだけど、

学ぶ場は、ほんとうはほかにいくらでもあるし、
未来へつなげる方法もたくさんある。


社会、って、
ひとくくりにできるほど、世の中は狭くない。

もっと視野を広げて。

特に、親が、大人が。

どこまでも、無知は罪だ。


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