« ビワコットンのマスク | トップページ | 【映画】幸せへのまわり道 »

私たちはふつうに老いることができない

2459d70a9b6c4457acc9c51ac1e33261

ちゃむさんと同病のお子さんの
ママさんが紹介していた本。

「私たちはふつうに老いることができない
高齢化する障害者家族」

気になったので、
Kindleで落として一気読み。


重度重複障害者の母である著者が、
老障介護してる高齢の障害者の親に
インタビューをしてまとめたもの。

聞く方も聞かれる方も、
高齢になってしまった障害者の親。

著者のお子さんは、かなり幼少期から
入所施設へ入っているそうだ。

先生のすすめだったらしい。
そんなことってあるのね。

後ろめたさを繰り返し書いていたが、
残念ながらほかの親とは、
同じ土俵に乗れていない。

介護者の親が高齢で、
それでも在宅で看ている例が多い。

入所施設に空きがない、
グループホームが足りない、
職員が足りない、続かない、
職員が親の気持ちに沿わない、

まぁ、そんな問題はどこも同じだ。

ただ、インタビューの感じからすると、
地方在住者が多い印象。

地域のしがらみとか、
家族のしがらみとか、
夫が非協力的とか、

村社会独特の閉塞感が、
随所に盛り込まれていた。


重度重複障害者の親として、
当事者目線で読んでみると、

なかなか憤りも多い。

背負って、美化して、ひらきなおって、
そういう生き方しかなかった、って、
一生、親は被害者でいいのか。

母親だからって我慢しちゃうとさ、
何も改善されないんだよ。

我慢は美しくないんだよ。
きたない自己満足なんだよ。

子どもはオトナになってるのに、
親が新生児を育てる延長のまま担って、

生きるためのすべてを
負っていることの、異常さ。


改善されるために、
何が必要か考えてみる。

親と子は、
必ず離れる必要がある。

死んだ後を心配する前に、
いつ死んでもいいように、
子どもがオトナになったらもう、

親はもう卒業。
離れるべき。


まず、受け皿。

地域で暮らすとか、
共生とか、共存とか、
ノーマライゼーションとか、

もちろん実現できる障害者もいる。
自分で何かできることがあるならば。

できる人はすればいい。
やりたいことを主張して、
助けてもらいながら暮らせばいい。

でも、
重度の重複障害であれば、
本人が未来を選択するのは困難なのだから、

成人した時点で親から自立させるための、
ハードウェアを行政が用意する。

これ、圧倒的に足りてない。
きちんと数を把握して、用意していない。
ありえん。

それとともに、そこを動かす、
福祉、介護職の価値、地位を高める。

固定化、特権化。
長期継続が確実に担える組織力。

確実に。
命預けてるんだから。


福祉って、善意にたよりすぎ。

介護職員が足りないからって、
ボランティアに頼るとか、
親が手を貸すとか、

おかしいでしょ。


だいたいさぁ、

障害者の生活の場を確保するために、
親が動いて根回ししないとダメなんて、

そうすることを、
区役所のワーカーがすすめるなんて、

おかしいでしょ。

親や本人から希望があったら、
準備するのがワーカーの仕事じゃないのか。


いつまでも親に鞭打ってどうする。

打たれすぎてみんな麻痺してる。

共依存か。


|

« ビワコットンのマスク | トップページ | 【映画】幸せへのまわり道 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

障害者福祉」カテゴリの記事