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ドラマ「ひとりでしにたい」

Hitoridesinitai

毎週土曜日、
NHKで放映中のドラマ。

なかなかおもしろい。

先週は選挙関連番組でお休みで、
今週末が3話目。

タイトルがこれなので、
うっかり検索すると、


Kokoronokennkousoudan

こんなメッセージが出て、
ネットの神さまに心配されちゃいますが。

いやいや、そうじゃなくって。


物語は、

キャリアウーマンで独身で、
憧れていた伯母が、

自宅のお風呂で、
亡くなっているところを発見される。

繰り返し追い焚きされ、何日も放置され、
ドロドロだったそうだ。

まぁ、多いでしょうね、
そういうケース。

ひとり暮らしの伯母は、
主人公の家族と疎遠になっていた。

お互いの滑稽なプライドで、
言わなきゃいいこと言い過ぎて、

自らの居場所を失っていた。

独身女性の主人公は、
このことをきっかけに、

自分のこれからについて考えていく。

結婚しようとか、
終活しようとか、
まずは親を就活させようとか。

その紆余曲折コメディ。


結婚しなかったから、
子どもを産まなかったから、
バチがあたった、とか。

娘は親の世話をするものだ、とか。
他人に親の世話をさせるつもりか、とか。

女がしてる仕事なんて、
どうせたいしたことないから、
いつやめてもいいだろう、とか。

仕事をする女をなめてる父親。
専業主婦をなめてるキャリアウーマン。
独身老齢期の女性に孫自慢するおばあちゃん。

根本は男尊女卑で、
それに女性側も気づいていない世代。


さらに、
死について忌み嫌う。

誰もがその人なりの時間を生きて、
最後には、みんな死ぬのに。

そんなこと言うもんじゃない、
そんなこと考えるもんじゃない、って、

臭いものに蓋をする言葉でしかないのに。

どうにかなると思ってるのかな。
誰かがどうにかしてくれると思ってるのかな。

60代くらいでみんな死んでた時代とは、
事情が違う。

人の一生が、
今はプラス30年になってることに、

気がついていないのかな。


家族は寄り添うもの、っていうのは、
寄り添いあってきたのなら成り立つかもしれない。

急に寄り添え、って言われても、
寄り添ってもらえた経験がなかったら、
できないし、したくないでしょ。

それに、これにも、
男尊女卑と家制度の名残りを感じて、

なんとも気持ち悪い。


人も社会も変化し続けるのに。

常識をアップデートさせるために、
そういう世代によく見てもらいたいドラマだった。


1話目、2話目、
なかなかいい言葉が出てきて、思わずメモった。


「孤独と不安が私をバカにしていく」

「情弱でプライドが高いから孤立しやすい」


孤独と不安が私をバカにしていく、って、
ほんとそれ。

ひとりでいることをさみしいと感じ、
不安になって、判断力を失う。

判断力を失うんですよ。
考え過ぎって。

考え過ぎて妄想入って、
自ら不安の洞窟に入り込んで迷子になる。

事実と思考のミスマッチ。

高齢者に精神安定剤を処方するのは、
こういうケースなのかもね。

いつも誰かがいて、
誰かに判断してもらって、

ちゃんと「ひとり」を生きてこなかったから、
そういうことになるんだろうね。

みんな仲良く、
みんなで過ごしましょう、
みんなで一緒に行動しましょう、

っていう教育の弊害でもあるかも。


情弱でプライドが高いから孤立しやすい、って、
これも大きくうなずいた。

新しい情報を受け入れようとせず、

わかってないのに、
わかったようなふりをする。

わかってないことを指摘されると、
すぐにキレる。

間違っていても、引き下がらない。

その場しのぎが、
自分の首を絞めるのに。

情報が複雑化していて、
必要なら自ら取りに行かないといけないから、

なかなか今の社会を生きるハードルは高い。

だからこそ、できないなら、
自分からつながっておかないといけない。

都合のいい、
嫁とか娘とかを利用するんじゃなくて、

制度とか、支援とか、そういうのに。


ひとりでしにたい、っていうのは、

誰もがそうなるべきで、
そうなれるような社会を作らなきゃいけない、

って話でもあるかも。


少子高齢化の現実。

みんな、ひとりでしぬんだよ。
それは、不幸なんかじゃないんだよ。


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